「もしもし・・・分かる?」

彼に連絡するもっともらしい理由を考えたが、思いつくはずもなかった。10年間という時間は、そういったものだ。残酷な10年間は、甘美な10年後となるのだろうか。意を決して、わたしは教えられた彼の携帯番号をコールした。1回半のコールで忘れようのない彼の声が飛び込んできた。ベッドサイドの小さな窓から見えるほんの少しだけ不完全な満月に語りかける。

「・・・もしもし。」

「ひさしぶりだね・・・元気?」

「まあまあ元気。トウマくんは?」

「元気だよ。元気です。」

「ホームページ見たよ。」

「ホームページ?ああ。優勝したもんね。今年の彼らはすごかったよね。あんなチームは、これから先しばらく出てこないんじゃないかなぁ。」

「・・・そうじゃなくて、セイケ選手の優勝コメント。」

「セイケ?ああ、あれね。あれは、褒めすぎだよ。彼が言ってるようなピッチャーだったら、僕がそんなに優秀だったら、一軍で投げているはずだし、この年齢で引退もしてないよ。」

「肘・・・よくないの?」

「うーん、野球するには不合格かな。日常生活では大丈夫だけどね。もうだませそうになくなった。」

「あのね・・・ごめんなさい。わたしがトウマくんの人生を台無しにしてしまって・・・ごめんなさい。」

「何を言ってるんだよ?あやまるようなことしてないだろ、何にも。」

「・・・・・・。」

何が何だか分からないくらい涙が頬を伝う。

「そうだ、これから会わない?」

「会わない?どこにいるの、今?わたし、実家よ。」

「分かってるよ。僕も実家にいるから。」

「え?実家?どうして?奥さんや子どもさんは?」

「うーん、どうしてって...まあ、色々とあるわけさ。球団から引退、奥さんから解雇通告。現在、住所不定・無職の30前男は実家に帰っています。アハハ。」

急いで身支度をする。お気に入りの化粧、お気に入りの香水、お気に入りの下着。この10年の間にわたしを武装した道具たちだ。それらを身にまといかけたが、ほんの少しのためらいの後、思いっきり壁に投げつけた。今すぐにでも会いたい。

ジーンズにガーゼ素材のシャツ・・・ボタンをかけるのももどかしく、わたしは、家を飛び出した。待ち合わせ場所は、高校のすぐそばに今も昔もあるレンタルビデオショップの駐車場。

自宅の車だろう軽トラックの荷台に座って夜空を見上げている彼がいた。

「こんばんは。ひさしぶり。」

「だね。ここは相変わらず、空がきれいだね。」

レンタルビデオショップへ多くの客が出入りするたびに自動ドアが開いては閉じる。その都度、男性アイドルグループのヒット曲が聴こえてくる。

あの青い空は誰のもの

あの青い空は誰のもの

知っているはずのあの人は

いつか必ず僕らの前にやってくる

「10年間おつかれさまでした。」

「ありがとう。」

「どうしよっか、今から。」

「学校行ってみない?」

「校門閉まってるよ。」

「なんとかなるよ。ちょっと付き合ってほしいこともあるし。」

「なにを?」

「まあ、ちょっとね・・・だめかな?」

だめなはずなかった。意識して腹筋を使って声を出さないと声も出ないほど緊張していたけど、なんとか話せた。長い間忘れていたドキドキする感覚で眩暈を起こしそうだ。